松竹梅と忠義
犬福犬福「わー太くん、わー太くん」



 何でごさろうか。
拙者、思うところがあってぼーっとしていたでござるよ。



わー太わー太「なんでごさろうか、オヤジ殿」

犬福犬福「季節が季節ですし、そろそろ診療所にはいりませんか。ついでに、あの話も」

わー太わー太「……その話は」

犬福犬福「そうですか、私はお夕飯の支度がありますので、お先に」



 拙者は、船越わー太と申すもの。
そうだな、読み手からすれば、犬の雑種といえば通じるであろうか。

 先ほど拙者が『オヤジ殿』と言った方は、社犬福という。
一見人間でござる。中身は狛犬様なので拙者の心が本当に通じるのでごさる。

 オヤジ殿には、故あって世話になっておる。



わー太わー太「そういえば、最近マツ太郎がこないでござるな」



 思い立ったら吉日でござるよ、覗きにいってみるべきだ。




































わー太わー太「確かここらへんだったはずだが」



 見つけた、ここだ。

 拙者、犬故に呼び鈴は使用できないでざる。
よって庭から失礼させてもらう故。



わー太わー太「ごめん。マツ太郎、おらんでごさるか」



 ここの庭は、なぜか心地いいのでござるよ。
犬福殿との話、これにしてみるのも一興かもしれぬが。

 何でござるか、何か胸騒ぎがするでござる。



わー太わー太「ま…………」



 拙者、何を見たのであろうか。

 それを見たとき、拙者の時間は凍り付いた。

 オタケばぁさんとマツ太郎が眠っている。
眠っているという表現は当てはまらない気がした。



わー太わー太「マツ太郎!!」






































松竹梅と忠義




































医師医師「ボクのできることはここまでのようです」

犬福犬福「お忙しい所、申し訳ございませんでした」

医師医師「もう少し遅ければ、手遅れになっていたかもしれません」

 医師のその言葉に、犬福は息を呑んだ。言葉に詰まったといってもいい。

医師医師「すぐに連絡をいただけたことが幸いでした」

犬福犬福「はい、ありがとうございました」

医師医師「お大事に」


















オタケオタケ「せんせ」

犬福犬福「大事に至らなくて、良かったですね。オタケさん」

オタケオタケ「すみません」

犬福犬福「いやいや、お礼など。
 もしあれでしたら、わー太君に言ってあげてください
 ……おやっ、先ほどまでいたんですけどね」




































わー太わー太「目がさめたでござるか、マツ太郎」

マツ太郎マツ太郎「わー太……おじちゃん…………おかぁちゃんが」

わー太わー太「大丈夫、先生が見てくれたでごさるよ」

マツ太郎マツ太郎「ぼく、何もできなかったよ。おかぁちゃんが、おかぁちゃんが……」

わー太わー太「マツ太郎、今は休むでござるよ。お主も不調だったのだから」

マツ太郎マツ太郎「ごめん、ごめんねおかぁちゃん」

わー太わー太「…………」



 マツ太郎、犬の豆柴でござる。その主人が角田オタケさんでござる。

 今回拙者が訪問した時、二人は体調不良のため動けはかった。

 二人同時に不調になるとは、偶然が重なるというのは恐いものでござるなぁ。

 主人が危機の時、何もできなかったマツ太郎は、さぞかし無念だっただろう。

 主人か、みさと殿。今は風呂の時間でござろうな。



 …………。



 主人か、そうだな、そうなのだな。
犬福殿との事、これに決めたでござるよ。



犬福犬福「わー太君、お帰りなさい。オタケさんが話があるそ……」

わー太わー太「オヤジ殿、例の話でござるが」




































 オタケは、自分の流す涙で目が醒めた。
マツ太郎が顔を舐めて朝を急かす感覚ではなかったので、余計に目が醒めてしまった。



オタケオタケ「はて、私は寝ていたはずなのに」



 目覚めたオタケの前には草原が広がっていた。

 瞳を潤す涙越しに辺りを見回すが、
そこはかつて暮らしていた街にあった大好きだった場所だと確信できた。

 彼の人と出会った場所。

 そう丁度あのあたりに、今ある人影のように。



??「…………」

オタケオタケ「…………」

??「…………」

オタケオタケ「…………えっ?」



 オタケは、息を飲んだ。

 あの影、あの背中、あの面影。

 親の決めた縁談だったけど後悔はしていない、
この人と共に歩んでいこうとそう思えた、
自分はこの人と過ごすための存在だったと世界に感謝した。



オタケオタケ「ウメ太郎さん!」



 その呼び声に応え、振り向く人影。
後光が射し、人影が光に溶けた。

 視界が光で一杯になり、懐かしい草原と人影は消えた。





































 あるのはいつもの日本家屋の一室だった。



オタケオタケ「ウメ太郎さん。夢だったのか、そうだよね。夢だよね」

ウメ太郎ウメ太郎「オタケさんばぁさんや」

オタケオタケ「!?」



 その声に、オタケは視界を曖昧にしていた涙を、乱暴に拭き取った。
やはりいつもの一室だ、いつもの寝床だ。



オタケオタケ「ウメ太郎さん?!」



 あたりを見回すが人影はない。



ウメ太郎ウメ太郎「下だよ」



 声に導かれるまま、視線を下げる。

 そこにいたのは、飼い犬の豆柴、マツ太郎しかいない。



オタケオタケ「マツ太郎?」

マツ太郎マツ太郎「おかあちゃん」

オタケオタケ「あらイヤだ、まだ夢を見ているのかな」

マツ太郎マツ太郎「ごめんね、オタケあかぁちゃん」

オタケオタケ「はい、夢にはいくらでもおつきあいします」



 先ほどの幻に心揺り動かされ、オタケは涙が止まらなかった。

 下から見上げていたマツ太郎の顔に涙が降る。



マツ太郎マツ太郎「おかあちゃんが大事なときに何もできなくてごめんなさい」

オタケオタケ「いいのよ、マツ太郎。あなたも体調、悪かったじゃない」

マツ太郎マツ太郎「…………おかあちゃん」

オタケオタケ「私もいつまでおまえと一緒にいられるかわからない、
 一度は里子に出してしまった。
 ごめんよ、マツ太郎や、お前は私の時間に縛られないで、
 自分の時間を大切にしなさい。
 私がウメ太郎さんとの時間を振り切れなかったようなことにはならないでね」

マツ太郎マツ太郎「あかぁちゃん」

オタケオタケ「だからいいのよ、いま、そばにいてくれているだけで」































犬福犬福「良かったんですか、わー太君」

わー太わー太「犬福殿、拙者に伝えたい想いなどはないでござるよ」

 今は……その事で、自然に背く事を迂闊にしてはいけないのでござるよ。
今は……まだその時ではござらんよ。

犬福犬福「私はただ、いつも手伝っていただいているので、私にできることをと」

わー太わー太「拙者はいち雑種でござるよ。
 狛犬様とお近づきになってはおるが、
 雑種が出来る範囲で忠義を果たすのみでござるよ」

犬福犬福「わー太君…………」

わー太わー太「犬福殿、拙者空腹になってしまったでござるよ」

犬福犬福「そういえば食事の支度、そのままでした。帰りましょうか」






























 社動物病院、社犬福の息子太助は誰もいない食卓でたそがれていた。



太助太助「オヤジ、どこ行ったんだよ。腹減って死にそ…………」



 太助は、食卓に突っ伏した。

































キャスト

角田マツ太郎

角田オタケ

角田ウメ太郎



医師



舟越わー太

社犬福

社太助









原作   / ガウガウわー太

参考文献 / ガウガウデータベース

アイコン / 蟻

担当   / カルネアデス

以上でお送りしました。